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今だから振り返られる、コミュニティ運営をしてみた葛藤と気付き-【FF14】

今だから振り返られる、コミュニティ運営をしてみた葛藤と気付き-【FF14】

6,865文字

この記事は以前ロドストに上げていた日記(2024年11月23日公開)を編集して、改めて投稿したものです。気がつけばめちゃくちゃ長くなってました。


思い返せば、僕が「FF14」の世界に足を踏み入れたのは、まだ学生の頃。

当時Twitterで仲良くしてくれた相互さんが「誕生日プレゼントだぞ~」とプレイ権やら利用料やら必要なものをまとめて買ってくれたのが、『エオルゼア』という場所を知るきっかけだった。

端から端まで出迎えてくれる広大なフィールド、バトルからハウジングまで多岐にわたるコンテンツの数々。

そして何より、リアルタイムであっちこっち動き回る人(PC)がいることの衝撃。

「MMORPG」というジャンルに初めて触れて、どうしてff14が「もう一つの社会」と呼ばれるのか――その理由をなんとなく突き付けられた瞬間だった。

コミュニティを作ろうと思ったきっかけ

僕が「コミュニティ運営をしてみよう」と博打に出たのは、正直あまり良い動機ではない。

「自分がどこまで人と関われるのかを試してみたい」――それが本音。

その頃の僕といったら友達どころか知り合いすらいない次元で、家族としか話せない奴と化しており。

「成人を迎える=社会人になる」直前なのに、誰とも交流を続けられた記憶がない。

それはずっと消えないコンプレックスの一つだった。

云っておくと、僕は一人の時間がないと情緒が破滅するタイプだ。パーソナルスペースはかなり広いと思っている。

しかし、関係値が綻ぶ原因がまず自分自身にある(あった)という自覚も、正直ありすぎた。

「自己中」とはまさに僕のこと。

母親や姉にさえ『自分のことしか頭にないでしょ(要約)』的なことを云われるレベル。“協調性”というものを母親の胎内にでも置いて来たに違いない。

そういう経緯を踏まえ、「エオルゼアですら交流しようとしないのは致命的なんじゃないか?」という考えに走ったのが、事の発端だった。

対人要素が強いMMORPGと向き合う

そもそもMMORPGとは、コミュニケーションを大前提としたオンラインゲームだ。

勿論「一人でも遊べる」というプレイスタイルもぼっち的には尊重されて欲しいが、根本的には誰かと一緒に遊ぶのが醍醐味であり、運営さんにとって大事にしたい部分でもあると勝手に思っている。

「交流も楽しめるゲーム」ではなく「交流“を”楽しむゲーム」というイメージだろうか。

ならいっそのこと、コミュニティを作ってみるのは悪くないのかもしれない。

自分はMMOに向いていない、というかオンラインゲームが向いていない。そんなことは百も承知ではあった。

誕プレを贈ってくれた相互さんとは恩返しもしないうちに繋がりが途絶え、NieRコラボに釣られてやってきた姉とだけ遊ぶ日々。

野良が怖すぎるどころかPT募集ですら腹痛決めちゃうから、コンテンツファインダーなんてほとんど使わない。

そんな僕であるけれど。

「これでダメなら、仲良くなんて以ての外、自分は誰とも関係構築などできない(もう必死になってまで人付き合いなんてしたくない)」という諦観と云い訳を掛け合わせた心構えで決めた。

『趣味嗜好が少なからず似ている人とだったら話題もあるし、交流しやすいかもしれない』

そうして爆誕したのが、「対人苦手な創作・RP(なりきり)好き達の会」みたいな感じのCWLSだった。

コミュニティ結成したはいいものの……

思いつきの勢いとノリで作ったコミュニティは、うろ覚えながら、当時15名前後のプレイヤーさんに集まっていただけたように記憶している。(改めてありがとうございました)

はじめてのコミュニティに、はじめてのコミュニティ運営。

正直な所、早い段階で「やってしまった」ということが多々ありうんぬんかんぬん。

自戒もかねて、下記に要約しておこうと思う。

やっちまった1:「どんな人の加入を想定してるのか」はしっかり

数日かけて書いた募集文が想像以上の方の視界に留まり、参加希望を出してもらえたことは本当にホッとしたし、とてもありがたかった。

――なんだけれど、「とりあえず入ってもらってから」という精神でいたことが災いして、誰でも彼でも受け入れすぎてしまっていたのも間違いはなく。

「勇気出して手を挙げてくれたかもしれないのに、NG出したら傷付けちゃうよな……」という気持ちに負けて、無理そうなら個人の判断で離れてもらおうという考えの下ではあった。

ただよくよく考えたら、“対人苦手”と一括りに云ってもその中身は千差万別といえる。

みんながみんな同じ意味で悩んでる訳ないよな~と今更ながら気づいた次第。(というかまず各々の主観が混ざりすぎる)

その結果どうなっていったのかというと。

自分から見ても、「この人うちのコミュニティには合ってないんじゃ……?」と感じる人がしばしばいる場所になっちゃったわけです。

たぶんお互いがお互いに対してそう思うような泥沼空間と化してたと思う。

  • 募集対象者は広く取りすぎない。或いはちゃんと住み分けができるようにすること
  • コミュニティ方針にあっていないと感じる時は、お互いのためにも面接や体験の時点でしっかりNGと伝える

合う合わないに関しては、それこそ交流してみないと分からないのは云うまでもない。

でも、トラブルに発展しそうなことは極力避けることもできないわけではない、とも思うわけだ。

コミュニティを開設した手前、そういう根っこの部分はマスターに権利があっていいんじゃないかなと僕的には思いますし、責任的な要素もちょっと含まれるのかもしれない。

やっちまった2:「話してみる」という相互理解の第一歩

これは終始一貫してたまである部分なんだけど、僕自身がとにかく誰にも相談しようとしてなかったのは致命的だった。

全部自分でやらなきゃ解決しなきゃって考えに縛られて、物凄く支配されてた。

なんか知らず知らずのうちに追い詰められちゃって「これ仕事かな?」って思うようになってたくらい。その種蒔いたのは自分だけど。

知り合いとかに「困ったことがあったらなんでも聞いてね」と云われても「迷惑じゃないかな、というか面倒だろうな……」って萎縮して結局訊けないタイプがまさに僕で。

でもこれってほんとに良くなくて。

相手からすると「逆に困る……」の典型的な例に他ならない。(悩みの種)

“人を頼る”って実はめちゃくちゃ大事なコミュニケーションだったyo。

これは所謂「自己発信や自己開示はできるならした方がいい」にも通ずる部分があるのではないか。

話してみなきゃまずちゃんと伝わらないし、話してもらわなきゃそもそも分かれない……。

人付き合いってほんとに、悩みが尽きないネ。

人に相談するでもなんでも、ちょっとした言動一つが何かしらのきっかけに繋がるのかもしれないし、軽い気持ちで過ごせる環境作りの一環なのかな~とかなんとか。

トラブル発生に伴うコミュニティ爆散

そんなこんなでコミュニティ自体は継続できていたものの――。

「交流しなきゃ声かけなきゃ」「嫌な思いさせないようにしなきゃ」と四方八方に引き攣った笑顔を振りまいて歩く“自分”に、内心ではもう辟易として穏やかじゃない日々を送っていた。

そんな最中、些細な出来事が起爆剤になって、大きな揉め事が起こる。

誰が原因だったかって?

マスター、つまり僕です。(おまえかい)

まぁ、今だからこのテンションってだけで、当時は本当に頭を抱えていた。なにせ自業自得もいいところだったので。

ここから先は蛇足だけれど、一連の流れを記憶してる範囲で書き残しておく。
※重い話が続きますので、苦手な方は跳んでください。

事件前の前日譚

メンバーさん何人かと僕主催の地図で遊んでる時、あるメンバーさん(以降Aさん)が旧Twitterにて「楽しくない」という赴きの呟きをしていたのをリアルタイムで見かけてしまう。
※この発言の真意は「Aさんが全然ロット勝ちできなかったから」と思われます。

その日はそのまま解散。

事の発端

後日、またまた旧TwitterでAさんが何かのことでネガティブな発言をしているのを発見。

地図の件でAさんへの印象がかなり悪くなっていた当時の僕がまたこれなんか云われてね」と解釈。

不満が明後日の方向に舵を切り、ロドスト日記に愚痴を書き殴った挙句にそれを公開。

名前こそ伏せていたものの、旧Twitterをやってるメンバーさんから見れば「誰のことを書いてるかある程度分かる」くらいの内容だったため、コミュニティ内で少々話題に。

しかし口火となった発言に関しては完全に誤解だったことが判明する。

Aさんの脱退

当事者間だけで話し合うことはしたものの、「以前の『楽しくない』発言がそもそも尾を引いている(訳:あなたにだって原因はあったよ)」という気持ちが僕の中では強すぎたために、Aさんに対して反省の色が見られない言動を繰り返す。

当然ながら円満に解決するわけもなく、Aさんから「これ以上騒ぎにしたくないから抜けます(僕と打って変わって大人の対応)」と自主的に脱退。

一連の流れが流れだったので、主に旧Twitter上で「僕がAさんを脱退に追い込んだ」と批難する人と「何があったの……?」と困惑する人とで混沌とした状態に。

余計なことは云うべきじゃないと思いつつそこそこの反響も呼んでしまっていたので、一部の人にだけ『前にAさんの楽しくない発言を見ていて不信感から早とちりしてしまった』という経緯を伝える。
※なぜこの子全員に共有しなかったんだろうって感じてると思うんですけど、たぶん彼女も必死だったと思うのでそこは触れないであげてください。(遠い目)

Aさん脱退後

この一件は流しちゃいけないし、ひとまず集まれる人に集まってもらって今後の方針を話し合おうと、近いうちに話し合いの場を設けることを決める。

とはいえ内心、

・いくら前日譚の話があれど、自分の誤解で相手を傷つけた
・その後の振る舞いも芳しくはなかった

という自覚はあり、「こんな勝手な奴がそもそもコミュニティ運営なんてしちゃいけなかったんじゃないか?」と悩み始める。

この時点で“コミュニティ運営”という立場がある日々に嫌気が差してきていたのも否定できず、

自らの手で設立した以上マスター移譲などは違うと思うし、するなら解散か
・Aさんを傷つけた分、自分も相応の報いを受けるべきではないのか

等々一人で考えまくる。

話し合い

後日集まってくれたメンバーさんに

・コミュニティを解散するつもりでいること
・場合によってはキャラデリもする心構えでいる

という意思表明をしてしまい、“キャラデリ”の一言に至っては「脅しにしか聞こえない」と一人の方の逆鱗に触れる。
※「反省会をする」というつもりで来てくれたメンバーさん達からすると、これは裏切られた気持ちにはならざるを得ないと感じますね……。

要領を得ない僕の一挙手一投足の数々にその場がとんでもない荒れ具合になり、お互いの考え方の違いなども次々と顕著に。

結局火に油を注ぐ結果となり、集まったメンバーさん達もすぐに脱退される。

終始メンバーの方を振り回すだけ振り回してコミュニティを畳む形に。

簡潔に説明すると、僕の早とちり(しかも勘違い)が発端でとあるメンバーさんを脱退まで追い込んでしまい、その後の態度もマスターとしても人としても不適切な部分が多く、結果としてコミュニティ爆散までいくことになった――という話。

心穏やかなネット環境をお求めの方はぜひ僕を反面教師の資本としていただいて、SNSでの立ち回りには気を付けてくださいね……。(SNSやらかし実体験が多すぎる奴より)

解散した後どうなったのか

「これでダメなら、仲良くなんて以ての外、自分は誰とも関係構築などできない(もう必死になってまで人付き合いなんてしたくない)」という諦観と云い訳を掛け合わせた心構えで決めた。

このフラグを見事に回収しました。

回収したけれど、それでいきなり全部の関係値がパッタリ無くなるという状態にはならず――。

解散前に開いた会議が終わった後、一人のメンバーさんが「大丈夫?」と声をかけてくださったんですね。

その方を中心として数名のメンバーさんとは辛うじて繋がりがある、という期間があった。

当事慰めてくれた方々には、改めて感謝を。

ただ僕としては正直「人付き合いはもう限界」と塞ぎ込みまくっていて、並行して物理的にも精神的にもエオルゼアから離れるようになっていた。

僕がそうなっている間に彼らは彼らで色々とあったらしく……。

その流れに乗じてではないけれど、「全部まっさらにしたい」と当時操作していたキャラクター君のデータも結局は抹消してしまったので、そこで彼らとの繋がりもほぼ途絶えてしまう。

交流という交流も結局ままならなかった。

「僕にとって『人付き合い』とは相当敷居が高いのだろう」と自己暗示をかけるには、エオルゼアでのコミュニティ体験は十分になっていた。

コミュニティ運営をしてみた感想

「じゃあ徒労に終わっただけ?」と云われると、一経験者としては全くそうは思いません。

自分事だったからこそ云えるが、“人との場”だったからこそ色んな方との出会いと別れを体験できて、時に学びさえもたらしてくれるとさえ感じたことに違いはなかった。

ただし、「やって良かった」と手放しでお伝えできるわけでもない

  • 自分にとって、或いは誰かにとっての“導入”になれるかもしれない場所が作れる
  • 行動した分のリターンは必ずあるが、そのリターンが嬉しいことになるのか辛いことになるのかは分からない

あのコミュニティを通じて、二人の方とフレンドになれた。今でも印象に残っているお二人だ。

一人目の方はゲーム内でしか話したことはなかったけれど、「きっかけをくれてありがとう」と伝えてもらったことがあって、その言葉は今でも心底励みにさせてもらっている。

二人目の方はSNSでも交流があり、一番長く関係が続いたメンバーさんだった。

ちょうど同い年くらいで、めちゃくちゃ話す仲ではないけれどお互いの内面をちょっとばかしは知ってるような――付かず離れずな距離感って表現が当てはまる間柄。

彼女の存在は僕にとって帰る場所になり、「このままじゃダメだ」と旅立てる場所にもなっていた

二人のフレンドさんにしてみれば、もしかしたら僕は煩わしいだけの存在だったかもしれない。

でも、「それならそれで構わないな」と思えるくらいには、心の支えになっていた方々だった。

後悔は避けられないが、チャレンジした勇気が無駄になることもないんだっていう充足感をもらえる機会に恵まれたのは、かけがえのない時間だったと思っています。

まずやってみないと解れないことは、確かにあるんだなって。

最後に

自らで設立した初めてのCWLSをこの手で爆散させてしまってから、恐らく六年近く――。

僕自身圧倒的な社不なので、戻ってくる度に「『エオルゼア』という世界は自分には合ってないし、やっぱり心安らぐような場所にはならないだろうな」と痛感している。

というかまずMMOというジャンルに適正がなさすぎる。

なんて云いつつも、ふとした拍子に帰りたくなるのもまた『エオルゼア』の魅力だなって感じる。

なんだかんだ無性に自キャラ達に会いたくなる瞬間が来るんですよね、不思議なことに。

正直データが残ってる残ってないって部分はわりとどうでも良くて、「彼らが“そこに存在している(た)”」という事実をまるごと肌で感じたいのかも?

「一人で完結できるゲームになって欲しいの?」って訊かれると、それも僕的にはちょっと違うんじゃないかなって部分で。

何でもかんでもソロでもやれるようにってやってしまったら、それはそれで「MMORPGである必要性なくないかい?」って思いもなくはない。

ゲームを通じて誰かと時間を共有するというのも、MMOの醍醐味なんじゃないかと思います。

たまにインして、道行く人を感じながら細々と個人プレイしてます。

褒められたものではないが、あの騒動を皮切りに、自分は現実でもネットでも「ひきこもり」と化したので、今となってはもう誰かと交流するようなことも皆無になった。

「お前は逃げ続けている」と云われたら、まぁそうなのだが。

見栄張って誰かと交流するのも、着飾ってまで“当たり前”とか“常識”とかって概念に拘る毎日も、必要なことだと云われたとて呑み込めなくて。

出会えて良かった。そしてどうかお元気で。
縁があれば、またどこかで。

過去でも未来でもそんな出会いと別れを繰り返す日々さえあれば、今の僕は満足できるかもしれない。

だから正直、申し訳ないという気持ちと同時にただ感謝している。

「あなたになら嫌われてもいい」と思える人を大切にしていきたいと気付けたのは、あのコミュニティ体験を通したからだった。

誰もいない日々だけど、少なくとも僕には姉が一人いる。

気が向いた時にはいつも遊んでくれた人が存在してくれている――という日常を噛み締めていけたら、と思い考えて。